薬膳という言葉を耳にすると、特別な食材や難しい理論を思い浮かべるかもしれません。けれども、その根底にあるのは「体の状態と季節に合わせて食材を選ぶ」というシンプルで奥深い考え方です。その物差しとなるのが、味で分ける五味と、温め冷やす性質で分ける五性という二つのとらえ方です。この二つを知っておくと、いつもの食材を選ぶ目が変わり、日々の食事がぐっと身近な養生へと近づきます。ここでは、五味と五性の基本を分かりやすく解説します。
薬膳の物差し 五味五性とは
薬膳では、食材をその味と性質によって分類し、体の状態に合わせて組み合わせると考えます。五味とは、酸・苦・甘・辛・鹹(かん、塩からい味)の五つの味のこと。五性とは、寒・涼・平・温・熱という、体を温めたり冷やしたりする性質のことを指します。この二つの物差しを使って、今の自分に合った食材を選んでいくのが薬膳の基本的な考え方です。
大切なのは、どれが良くてどれが悪いということではなく、バランスです。偏りなくさまざまな味と性質を取り入れることで、体を穏やかに整えていく。これが五味五性の根底にある発想です。難しく考えず、まずはそれぞれの意味を大まかにつかんでみましょう。
五味 それぞれの味の働き
五味は、味そのものを表すだけでなく、体への働きかけの傾向を示すものとして整理されてきました。それぞれの味には、体のどこに働きかけやすいか、どんな傾向を持つかという特徴があるとされています。あくまで伝統的な考え方の枠組みですが、食材を見る目を養ううえで役立ちます。
- 酸味 引き締める傾向があるとされ、梅や酢、柑橘などに多い
- 苦味 余分なものを下ろす傾向があるとされ、ゴーヤや緑茶などに多い
- 甘味 力を補い和らげる傾向があるとされ、米やいも、かぼちゃなどに多い
- 辛味 発散させ巡らせる傾向があるとされ、しょうがやねぎ、唐辛子などに多い
- 鹹味(塩からい味) やわらかくする傾向があるとされ、海藻や塩などに多い
これらの味を一つの食卓のなかでバランスよく取り入れることが、薬膳の基本的な考え方とされています。どれか一つに偏らず、いろいろな味を組み合わせることで、自然と多彩な食材が食卓に並ぶようになります。
五性 体を温める食材と冷やす食材
五性は、食材が体に与える温度的な働きを表します。寒・涼は体を冷やす傾向、温・熱は体を温める傾向、そしてそのどちらにも偏らないのが平です。冷えが気になるときは温める性質の食材を、ほてりや暑さを感じるときは冷やす性質の食材を、というように、体の状態や季節に合わせて選びます。
たとえば、しょうがやねぎ、羊肉などは体を温める傾向があるとされ、寒い季節や冷えが気になるときに向いています。一方、きゅうりやトマト、すいかなどは体を冷やす傾向があるとされ、暑い季節やほてりを感じるときに役立ちます。平の食材は米やいもなど日常的なものが多く、毎日の土台になります。
- 温・熱の食材 しょうが、ねぎ、にんにく、羊肉など 体を温める傾向
- 平の食材 米、いも、大豆など 偏りが少なく日常の土台になる
- 涼・寒の食材 きゅうり、トマト、すいか、緑茶など 体を冷やす傾向
五味五性を組み合わせて考える
五味と五性は、それぞれ単独で見るのではなく、組み合わせて考えるとより実践的になります。たとえば冷えを感じる人なら、温める性質を持ちつつ、力を補う甘味の食材を選ぶ、といった具合です。体の状態に味と温度の両面から働きかけることで、より自分に合った食事に近づけます。
とはいえ、毎食すべてを厳密に計算する必要はありません。今日は冷えているから温かいものを多めにしよう、暑いから冷やす野菜を取り入れよう、という程度の意識でも十分です。物差しを知っているだけで、食材選びの判断に芯ができ、自然と体に寄り添った食卓になっていきます。
季節とともに食材を選ぶ
五味五性の考え方は、季節の移ろいと組み合わせるといっそう生きてきます。暑い夏には体を冷やす性質の夏野菜が旬を迎え、寒い冬には体を温める根菜や鍋物がおいしくなります。旬の食材は、その季節に体が求めるものと自然に重なることが多く、季節に沿って食べること自体が理にかなった選び方といえます。
季節の食材を中心に据えながら、味と性質のバランスを少し意識する。それだけで、特別な食材をそろえなくても、日々の食事が体を整える養生へとつながっていきます。
体質や体調に合わせて選ぶ
五味五性の考え方は、季節だけでなく、その日の体調や自分の体質に合わせて使うとさらに役立ちます。たとえば、冷えを感じやすい体質の人は、ふだんから温める性質の食材を多めに取り入れ、冷やす性質のものは控えめにする、といった調整ができます。逆に、ほてりや乾きを感じやすい人は、うるおいを与え、ほどよく冷やす食材を意識するとよいでしょう。
大切なのは、自分の体の傾向を知り、それに寄り添って食材を選ぶことです。同じ食材でも、ある人には合い、別の人にはそうでないこともあります。五味五性は絶対の決まりごとではなく、自分の体と対話するための手がかりととらえると、無理なく日々の食事に生かせます。気になる不調が続く場合は、専門家に相談することも忘れないようにしましょう。
- 冷えやすい人は温める性質の食材を多めに取り入れる
- ほてりやすい人はうるおす・冷やす食材を意識する
- 同じ食材でも合う合わないがあると心得る
- 絶対の決まりではなく体と対話する手がかりとする
一汁三菜に取り入れる発想
五味五性を毎日の食事に生かすうえで、日本の伝統的な献立の組み立てである一汁三菜は、とても相性のよい枠組みです。主食、汁物、主菜、副菜という構成のなかに、自然とさまざまな味と性質の食材を取り入れられるからです。意識して品数を組み立てるだけで、五味のバランスがおのずと整いやすくなります。
たとえば、甘味の主食に、塩気のある汁物、酸味を効かせた副菜、香りのある薬味を添えた主菜、といった具合に組み合わせれば、一食のなかにいくつもの味が共存します。難しく考えなくても、品数を増やし、彩りを意識するだけで、結果として多彩な食材が並び、バランスのとれた食卓に近づきます。伝統的な献立の知恵には、五味五性の発想が自然と織り込まれているのです。
調理の工夫で性質を和らげる
食材そのものの性質は、調理の仕方によってもある程度やわらげることができると考えられています。たとえば、冷やす性質の食材でも、火を通したり、温める性質の薬味と組み合わせたりすることで、体への冷やす働きをほどよく調整できるとされます。生で食べると冷えやすい野菜も、温かい料理にすれば取り入れやすくなります。
しょうがやねぎ、にんにくといった温める性質の薬味は、こうした調整に重宝します。冷やす食材に少し添えるだけで、味のアクセントになりながら、性質のバランスも整えてくれます。食材選びと調理の工夫を組み合わせることで、より柔軟に体に合った食事をつくれるようになります。
まとめ 物差しを暮らしに生かす
五味五性は、味と温冷という二つの物差しで食材をとらえる、薬膳の基本となる考え方です。酸・苦・甘・辛・鹹の五つの味をバランスよく取り入れ、寒・涼・平・温・熱という性質を体の状態や季節に合わせて選ぶ。この発想を知っておくだけで、いつもの食材を見る目が変わり、食事がより体に寄り添ったものになります。難しく構えず、できるところから取り入れて、自分の体と対話しながら食卓を整えていきましょう。日々の小さな選択の積み重ねが、健やかな暮らしを支えてくれます。

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